帰宅
手術を終えてからおよそ一時間ほど動けずに病院のベッドで休んだ。
その間に2回吐いた。
万全では全くなかったけど、早く帰ってゆっくりしたい気持ちもあって、なんとか動けそうと思って帰宅することにした。
当日婚姻を終えておらず、住んでいるところも別々。
病院からは夫が一人暮らししている家の方が近かったので、そのまま夫の家の方へ帰った。
車で15分くらいの距離だったと思うけど、もともと車酔いしやすい体質なうえに、麻酔の効果もあって、かなり吐き気がすごく、ちょうど着いた時にまた吐いた。
完全には回りきっていない頭でフラフラの状態で部屋に入り、私はそのままベッドで眠った。
手術が午前中開始で、お昼過ぎには帰宅していたけど、起きたらすっかり夜になっていた。
目を覚ましたらいい香りがして、キッチンに夫がいた。
手術前、私は
「手術が終わったらカレーが食べたい」
と夫に言っていた。
特別カレーが一番好きな食べ物ということもないし、思い出も別にないのに、なぜかカレーが食べたかった。
私が眠っている間に材料を買ってきてくれたようで、カレーを作ってくれていた。
すっかり吐き気やだるさはなくなっていて、前日の夜以降何も食べてなかったから、1日ぶりの食事にお腹が空いた。
カレーの材料の他にも、いろんなお菓子を買ってくれていた。
普段間食をせず、自らお菓子を買うことがあまりない夫だけど、甘いものが大好きな私のためにたくさん買ってくれていた。
この時食べたカレーは家でよく作られるルーを使った普通のカレー。
特別な隠し味が入っているわけでもない。
だけどとにかく美味しかった。
しばらく私の中で夫が作ってくれるご飯で一番好きなものランキング1位になっていたほど。
きっとこのカレーの味は一生忘れることはない。
心の不調
手術の翌日は仕事を休んだ。
病院から、広がった子宮が収縮するのにしばらく痛みがあるけど、度合いが人それぞれだから次の日から仕事に行く人もいる、と聞いていた。
だけど、私は痛みが少し強かったこともあり、1日だけ休んで、手術から2日後には復帰した。
事情を話していた上司からはすごく心配されたけど、何でもないようにいつも通りに振る舞っていた。
だけど、今思えば、しばらく休むべきだったかもしれない。
当日担当のお客様をたくさん抱える仕事だったのと、事情を話していない他のスタッフになんて説明すればいいかわからないと思い、早く復帰した。
だけど、自分が思っていたよりも、私は強くなかった。
初めての妊娠で流産になり、手術をしたのが1週間内のこと。
頭の中にはずっと赤ちゃんのことばかりが浮かんで、自然と涙が出てきそうになる。
それを、仕事中だからとグッと堪えていたけど、日にちが経つにつれ薄れていくどころか、どんどん蓄積されていった。
心の整理ができていない、グチャグチャのまま放ったらかしにしていたら、そこに積みあがってきた悲しみで心は壊れていった。
流産の原因
手術終わりから日が経つにつれて、次第に流産の原因を考えるようになっていった。
稽留流産はお母さんの日常生活は関係なく、赤ちゃん自身の染色体異常が原因だとわかっている。
だけど、本当にそうだったのかな?
私に落ち度は本当になかったのかな?
あの時の行動がダメだったんじゃないかな?
あの時抱えていたストレスが原因じゃないかな?
そうやって、自分を追い詰めて原因探しをしていた。
探したところで正解が出るはずもないし、もしわかったところで赤ちゃんは帰ってこないのに。
そんな風に毎日考えながら、普段通りの仕事をこなし、結婚のための準備を進めて、忙しい毎日だった。
流産から約4ヶ月後、私たちは一緒に新居で一緒に住み始め、籍をいれ、晴れて夫婦となった。
それから約2ヶ月後、突然足元が崩れ落ちるように、私の心は限界を迎えた。
うつ病
どうして赤ちゃんは死んじゃったんだろう。
それなのにどうして私は生きているんだろう。
そんな風に考えるようになって、ある日突然外に出られなくなった。
いつも通り朝の支度を終えて仕事に向かおうとしていた。
玄関までいつも見送りに来てくれている夫に手を振り出ていこうとしたのに、急に涙が溢れて、立っていられなくなって、仕事に行けなくなった。
一度崩れてしまったら元に戻ることができず、その日を境に仕事へ行くことも外出することも怖くなって、ベッドの上で過ごす日々が続いた。
しばらくして、うつ病になっているのではないかと思い、手遅れになる前にどうにかしなければと、精神科へ行った。
その時、軽度のうつ病だと診断された。
放っておくと軽度ですらなくなっていたと思うから、早めに病院へ行ったことは不幸中の幸いだったと思う。
その後病院へ通いながら、夫の助言もあり、仕事を辞めて半年ほどゆっくりと過ごし、ようやくまた社会復帰できた。
その頃には亡くなった赤ちゃんのことを執拗に引きずり毎日考えて、自分を責めるというようなことはなくなった。
ただ、すぐに赤ちゃんを授かりたいという気持ちは湧いてこなかった。
また同じことになったらという怖さが先立って、なかなか前に進めなかった。